「現場の『困った』を『ワクワク』に変えたい」
13年の教員経験(普通高校・特別支援学校)と独自の支援メソッドで、支援者の心と環境を整える伴走型コンサルタント
経歴
- 名前: たも先生
- 肩書: 特別支援教育コンサルタント / 「障害に学ぶ会」代表
- 経歴: 広島大学教育学部卒業、同大学院修士課程修了。
- 普通高校で7年間、担任や野球部顧問として生徒と向き合う中で、一人ひとりの背景に根ざした支援の必要性を痛感。一念発起して放送大学で特別支援学校教諭免許状を取得し、特別支援教育の世界へ。
- 教員として現場で働きながら、同大学院後期博士課程に進学。3年間、実践と研究の両輪で専門性を磨くも、「研究室の理論だけでなく、実際に目の前の現場から変えていきたい」との強い想いから後期博士課程を退学。
- 特別支援学校での6年間を含め、計13年間、現場の最前線で子どもたちや保護者支援に従事。
- 2026年3月に退職・独立。現在はSNS等を通じ、延べ数万人に向けて「現場で明日から使える実践的支援」を発信中。
- 【私の信念:障害「に」学ぶ】
障害を単なる「克服すべき対象」とせず、そこから「より良い社会のあり方や生き方」を学びたい。現場の先生やスタッフが、他害やパニックといった困難に一人で立ち向かうのではなく、仲間同士で試行錯誤し、支援そのものを楽しめる環境作りを「共に考え、伴走」します。
発信活動: 「たも先生」として、動画(YouTube・Tiktok)やブログを通じ、延べ数万人に向けて「特別支援の勉強ノートや役立つ情報」を発信。特に、障害児・障害者の支援者に役立つ情報を発信中。
このブログでは特別支援教育に関する情報をわかりやすく解説します。10年以上の教員経験を踏まえて、実践に役立つよう、心がけています。
退職した理由と決意(なぜ先生を辞めたのか)
ここでは、僕がなぜ学校の先生を退職して独立したのか、その理由と決意を書きます。
・子どもと接するのは大変なことが多いし、
・雑多な事務仕事はめんどくさいし、
・怒りが出るぐらい合わない同僚の先生もいる。笑
でも、僕は基本的には学校現場は大好きです😊
・授業を考えるのも楽しいし、
・子どもと笑い合える時間もうれしいし、
・尊敬できる職場の先生にも出会えました😊
(いまだに、事務仕事はめんどくさいものが多いですが…笑)
それでも辞める理由は、
👉 「今やらんと後悔する」って思ったから
僕の人生を変えた3つの出来事
なぜ退職して独立するのか?
ここには、僕の人生観を支える「命」に関わる3つの出来事が関係しています。
①自分の病気(境界性の悪性腫瘍)
数年前、実は僕は大きな病気をしました。
低異型度粘液性腫瘍(しゅよう)っていう病気。
※境界性の悪性腫瘍(良性と悪性の間ぐらいの腫瘍)らしい
放っておけば命に関わる病気です。
手術をして今は元気ですが、その時、心の底・身体の底から思ったこと、それは
「自分もいつか死ぬんやな」っていうこと。
それまでは
「自分が人生の主人公や」なんて
心のどこかで油断してたけど、死を身近に感じたことで、
「生きている今、生かされている今、本当にやりたいことをやる!」
と強く思うようになりました。
②入院中に聞いた「ちくしょう」の声
別の手術で入院したとき、
病室の大部屋で一緒やった人が、
夜、病室のベッドで「ちくしょう……」って呟いてたんよ。
本当に、絞り出すような、後悔に満ちた声でした。
その人の年齢は当時の僕と同じぐらい。
その後すぐに、その人は亡くなりました。
その人の「本気のちくしょう」がまだ心に残っています。
それ以降、「自分が後悔しない生き方ってなんやろう」と常に考え、行動してます。
③尊敬する同僚の先生が若くして亡くなった
一緒の学年で担任をしていた先生
仕事も授業もバリバリできる尊敬する先生が、
40歳ぐらいで癌で亡くなりました。
授業はおもしろいし、部活も吹奏楽でガッツリ関わり、生徒からの信頼もある、本当に尊敬できる先生。
その先生が、
「40歳になったら私学の進学校に行って指導したい」
と夢を語っていたのに、その前に亡くなってしまった。
その先生を思い出すたびに、
やりたいことを「いつか」に回したら本当にできるかわからない。
今、自分にできる最大限のことをせなあかん
って思うようになりました。
その先生は亡くなったけど、今でも強いメッセージをもらえてる。
こんな3つの命の出来事が
今、仕事を辞めてでも挑戦する
という決意につながっています。
これからの人生でしたいこと
現場を離れ、情報発信やコンサルタントをすることで、
もっともっと多くの人の役に立ちたいと思っています😊
◎支援に悩む先生たち
◎困っている保護者
リアルな悩みを一緒に解決して、よりよい社会をつくるために少しでも貢献したいです。
支援にこれからの自分の時間・人生を使っていきます♪
ブログを始めた思い
◇特別支援教育への興味と育児との両立のために異動した特別支援学校。
➡そのとき感じたことが僕の原動力
特別支援教育はもっと良くなるぞ!
◇普通高校から特別支援学校へ異動して1番感じたことは「もったいない」
◇「もったいない」がいっぱい
・特別支援教育が広まれば、普通校ももっと良くなるんじゃない?
・社会の理解が進めば、障害のある子どもたちはもっと力が発揮できるんじゃない?
・会社の理解が深まれば、卒業生も会社もパフォーマンスがあがるんじゃない?
「どんな立場からしゃべってんねん!?」とツッコまれるかもしれないが、いろんなもったいないを感じて、「これは俺がどうにかしないといけないんじゃないか!?」みたいな謎の使命感がある。
だから、障害に対する理解を深める、進める、広める一役を担いたい。
障害のすみわけをなくしたい
◇障害ごとに壁があり、すみわけられている
障害ごとに集まり、研究が進み、支援団体ができていく
知的障害の人の近くには知的障害の人たちが集まり、発達障害の人には発達障害の人たちが集まる。そして、それぞれの障害ごとに研究は進み、支援団体も強まっていく。
※でも、障害ごとの壁は、支援する人にとっては少しやっかい。
だって、同じ子どもに2つの障害名がついている場合もたくさんある。そこでは「これをしとけば大丈夫!」っていう方法はない。子どもをよく見て、支援する人たちが一生懸命考えて、どうにかこうにか教育、対応してる現状がある。
だから、支援者は障害ごとの壁をとっぱらって、いろんな障害のことを広く知って、総合的に対応を考える必要がある。
➡支援方法を「あれやこれや」と話し合える場ってステキやしわくわくする。でも、そのためには障害についての知識がいる。
支援者の仲間がほしい
◇特別支援学校に赴任して最初に気になったのは、軽度の知的障害の子ども
➡コミュニケーションも取れるし、人として尊敬できる生徒もいる
でも、多くの人はそんなこと知らないし、(以前の自分も含めて)なんとなくの『障害者』のイメージを作り上げてしまっている。
これはお互いにもったいないじゃないか!
子どもたちはいろんなことができるし、社会で活躍する場がもっとある!こんな子どもたちが実力を発揮できる社会にしないともったいないぞ、と。
でも自分は障害・障害者のことをなにも知らない。
だから勉強した。
とりあえず目の前の子どもと話した。
本をたくさん読んだ。
勉強にはアウトプットが一番!ということで、
最初はアウトプットをするために、誰かとしゃべりたいと思ったが、近くに誰もいない。笑
異動したときはコロナも流行っていて、同僚も忙しそうで話すタイミングがない。
だから、アウトプットのために動画でしゃべって、YouTubeで発信をし始めた。
でも、気づいてん。「俺の動画、動画やのに文字多くない?」
そう。僕の動画には文字が多い。
「文字多いんやったらブログの方がいいやん」と思い、ブログを開設しました。
ブログやSNSを通じて全国で頑張っている仲間を見つけたい。
そして、障害のある子ども・大人の支援方法を共有し、切磋琢磨していきたいです!
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何か気になることがあれば、気軽にご連絡ください😊
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